『紅龍の巫女』 〜プロローグ〜  ここは緋洒郷と呼ばれる国。 険峻な山々に囲まれた土地には小さいながらも活気のある村が点在している。 そこには畑や田圃で汗水たらして働く者、遠くの町に薬を売りに行く者、好きな時に好きなように宴を開く者、様々な人間と妖怪が共に共存し、ある程度の秩序を保ちながら暮らしていた。 春には鮮やかな花がそこらじゅうに咲き乱れ、夏には木々の緑が輝き、秋には紅葉が山肌を彩り、冬には白雪が降り積もる、緋洒郷は、そんな四季折々の顔を持った国だ。 そしてこの国を二つに分かつように大きい河が流れており、国の中心には一際険しい山が聳えていた。 その山の名は、紅龍の住まう山、「紅龍山」と名付けられている。 なぜそのような名前が付けられたか。 理由として、一つは紅葉の季節になると、燃えているかのように山中の木々が紅く染まり、まるでその山で龍が荒れ狂って居るかのように見える事から。 もう一つの理由は、その辺りの住民の言い伝えによるもので、その昔紅龍山には龍が本当に住んでいたそうな。 「私が生まれるほんの昔の事、あの山に何時しか龍が住み始めた。その龍は災いを呼び、天を裂き、地を割り、この土地は龍に一度滅ぼされかけたらしい。山の妖怪ですら束になろうと敵わなかった。伝承ではその姿は紅の鱗を持ち、炎の衣を纏い、幾多もの土地がその龍に葬られた」 と語るのは緋洒郷の最長老。彼はこのことを知る唯一の人物だ。 「私たちも妖怪も、この土地を捨てることは出来なかった。だが残念ながらその紅龍に太刀打ちできる者はこの国には居なかった。村人たちが諦めかけた時、雨続きだった緋洒郷に一人の旅人が村を訪れた。その旅人は名を誠歌と言った・・・」 長老は静かに語り始めた。 誠歌は旅をしながら国々を渡り歩いている流離人だった。 村の異変に気が付いた誠歌は下宿先でこの龍の噂を耳にすると、『ならば某に任せて頂きたい』と、当時の最長老の元へ赴き提案した。しかし『願ってもみない話だが、これは我々の問題、他所の者に迷惑を掛ける訳にはいきません』と最初は頑なだった長老だが、旅人は『助けられる者を助けずに放って置くのは人としてどうだろうか。困った時はお互い様だ。それに某はこの道の専門家だ。ここは一つ任せて貰いたい』ついに長老を説得した。 長老は『では山へ行かれるのでしたらお供を20人程お付けしよう』腕利きの男どもを集めて誠歌の手助けをしようと申し出た、しかし誠歌はそれを断り豪雨の中単身で山へと向かった。 しばらくすると、山で龍の咆哮が緋洒郷に轟いたかと思えば、山が幾度も火を噴いた。そのような光景が遠くの村からでもしっかりと見て取れたが、やがて天から青い雷が幾多も降り注ぎ、それから鳴き声がはたと止んだ。 気になって様子を見に来た村人達は、そこにあの紅龍の姿は無く、山の頂上で倒れている誠歌と、その傍に大きな紅い珠が転がっていた。珠の中には龍をかたどった像が描かれていた。 誠歌は龍との死闘の末、この珠の中に龍を封じ込めることに成功したのだ。 こうして誠歌は龍から村を救った。その後誠歌は村の人たちに治療を受け、三日後に村を去った。 誠歌がこの国を去る直前、長老は『ああ、あなた様はなんと勇敢なお方でしょう。誠歌殿はこの村、いや、この国の英雄だ。もし誠歌殿が宜しければこの村に住んでは頂けないだろうか。』と引き止めたそうだが、『いや、某は妖を鎮める事を生業とする身。それに一つの処に留まってはまたこの村に災いがやってくる。どうやら生まれつき私はそういう体質のようでね。』と誠歌は断った。 ならばこのくらいは恩返しをさせて欲しい、と長老は誠歌に褒美と食料を授けた。誠歌は快くそれを受け取り、そうそう、と思い出したように長老にこう言った。 『某の龍を封印した紅い珠を、出来れば山の頂上に社などを作って祀って置いてやって下さい。そうすればもうこの村に災いは起きません。むしろ私の代わりに災いからこの村を救ってくれるはずです』と笑いながら助言を残し誠歌は去っていった。 誰が言ったか後にこの山は紅龍山と呼ばれるようになり、今でも山の頂上には紅龍の封印された珠が先々代の長老によって作られた社に祀られているのだ。 最長老がこれでこの話は終わりじゃ、と言って膝の上で長老の話を聞いていた少女の頭を撫でた。 「おもしろかったー!」ととたんに目を輝かせてきゃっきゃっと騒ぎだす少女。 「ほっほっ。そうかそうか。茜はこの話が本当に好きだの」 長老は目を細めて優しく笑った。 「うん。でも龍はどうなっちゃったの? 死んじゃったの?」と子供特有のまっすぐな目で長老に聞いてきた。 「いいや、龍はな、誠歌との戦いで封印されても、今もこの緋洒の国を守っているんじゃ。」 「じゃあ生きてるんだね。よかった。でもなんで悪い龍から守ってくれる良い龍になっちゃったの? 」 そう茜に訊かれると困ったように長老は笑った。 「ははは。どうだろうなぁ。こればっかりは誰にも分からなんだ。ただ、私が思うに誠歌と紅龍は友達になったんだろう」 「? どうしてなの長老さま?」 「ほっほ。知りたいかい?」 コクリと頷く少女。長老は皺だらけの手で再び茜の頭を優しく撫でてやった。 「なぜなら誠歌と龍はお互い似たもの同士だったから。お話の最後では誠歌は自分の事を『災いを招く』と言っておった。そして龍もまた『災いを招く』存在であろう」 と長老は少女に言ったが、少女はどこか腑に落ちないようだった。 「えー、全然似てないよー」 「こらこら髭を引っ張るでない。確かにそうかも知れん。だがの、私にはそう思うしか他に理由が分からんのだよ」 むー、と不満げな声を漏らす茜であった。 「じゃあ結局本当の事を知っているのは誠歌さまと紅龍さまだけなんだ。残念、ふぁ・・・」 ほっほ、と長老は言いながら眠たそうな欠伸をする茜を撫でる手を止め、ポンポン、と頭を軽く叩いてやると、目元を擦ったあと、茜は長老の膝からピョンと立ち上がった。 それが『今日はこれでおやすみ』という二人の合図だった。 「それじゃあおやすみ長老さま」 「ああ、おやすみ茜。また話が聞きたかったらいつでもおいで」 うん、と少し眠たそうに頷くと茜は長老の部屋からトテトテと出て行った。 足が少し不自由な長老はその場で茜を見送った後、誰にでも言うなく一人呟いた。 「茜ももう今年で七つか・・・。あと十年、十年後は茜が紅の巫女に選ばれるのだろうか。・・・・・・あの子には立派に育って欲しいものだが、それまで私ももう持つまい。ほっほ、茜の晴れ姿を見れないのが心残りだな」 長老は先ほどの見せた笑みとは打って変わって、どこか寂しそうに笑った。 窓見やる。紅龍山が月明かりに青白く照らされ、美しく輝いていた。 ――――――そして十年の時が過ぎ、 『・・・え、な、なに、これ・・・? 紅龍の珠が光って・・・ひゃあっ!?』 【紅の巫女】の茜と、   『くぁーっ!! 良く寝たーっ!! ・・・・・・ん? おぉ?? ヌシはどちらじゃ!!?』 【紅龍】の、 少しヘンテコな生活が幕を開ける。 それはまた今度のお話。